畳職人のご紹介
最初のお電話から見積り - 寸法 - 畳作りまで店主が中心になって行います。
二代目店主 五十嵐 実
写真右上が店主。単体の写真準備中

ディズニーランド→畳職人へ。畳歴42年
先代(祖父)から畳を学びました。祖父は15歳から新潟県(小出町。出身は北魚沼郡)で畳修行をし、弟子入りしました。親方の家で住み込みの修行で、給料は300円だったそうです。畳漬けの日々、祖父は畳修行を6年間積んだのち、21歳に畳職人として上京しました。その4年後に独立。畳替えの注文にこたえるべく、朝4時に起床し、深夜1時まで畳作りを休みなく3か月。そんな畳に打ち込む初代から畳を学んできました。
二代目は船橋市で生まれ育ち、4人の息子の6人家族です。宮本中、学館浦安高校卒業後は、ディズニーリゾートの運営会社に入社、ディズニーランド開業初年度の準備に携わります。(オープン前のテスト開園でアトラクションが乗り放題でした。)その後、五十嵐畳店の二代目として畳職人になりました。
畳をはじめて間もないころは、なかなか思うように作れません。10センチの針が親指の爪に貫通したり、乾燥する冬は手が畳に擦れていき、深いアカギレ。パックマンのような傷口に子供たちが驚いていました。災難はたたみかけるように、腰に異変が起きはじめます。畳作りのかがむ体勢、エレベーターのない団地の階段で30kgの畳を5階のお部屋までかつぎ、ガチガチに固まった腰は、椎間板ヘルニアになり、背骨のクッションが2つ潰れてしまいました。息子にマッサージをお願いするも、ゲームに夢中な当時小学生3人の息子は、渋々な施術です...コルセットを併用して、なんとか腰を持ちこたえました。それでも、先代のときから頂く畳のご注文に応えるため、朝は5時に起床。コップ1杯の水を流し込んで寝ている体を起こし、昼食はコンビニおにぎりをトラックでかじり、夜は22時まで仕事。朝にそなえてお風呂は4分。アサヒビールとおつまみで1日の疲れをリセットします。日曜日の休める日は、「新婚さんいらっしゃい」を見ています。
そして、月曜日から畳づくり。このような生活を数十年間、畳と向き合う日々を過ごしております。ご縁をいただける以上は、誠実・丁寧に、畳替えをいたします。
市原 幹雄

畳職人歴60年。
畳一筋の畳職人。
千葉県いすみ市出身。
中学を卒業後、畳職人へ。
職歴は畳職人のみです。15歳から東京浅草の畳屋で畳修業。畳替えのご依頼いただいた方のご自宅の庭で、畳を手縫いする時代から経験。この道を極めて畳の職人歴60年。60年間、毎日畳と向き合い続けてきました。
畳のことなら何でもお任せください。
寡黙そうな印象に見えるかもしれませんが、
実はお話好き。
雑談中には沈黙がほとんどありません。
二代目の息子 五十嵐亮太

千葉県船橋市出身。
飯山満中→市立船橋高校を卒業。
国士館大学卒業後は「幅広く業界をみてみたい」「売りたくないものは正直に売りたくない」という思いで無形商材である人材会社に入社。その後、本当にやりたいことを探すべく、仕事柄100ほどの業界とかかわり、休日は新しいことにチャレンジしますが、自分の中でいまいち見つかりませんでした。あるときホームページ作成の選択肢を知り、せっかくならと父の畳屋のホームページを作ろうと思い、作成。畳のことを調べていくうちに、畳の奥深さや危機的現状を知り、自然と畳を残したいと思うようになりました。職人である父の想いや意向を確認しつつホームページを更新しています。
二代目の息子 五十嵐輝

二代目の息子(4兄弟の末っ子)、24歳。
畳業界ではかなり貴重な若手で、千葉県では最年少。20代は数人しかいません。
畳の業界が厳しい環境を理解しつつも、畳の世界に飛び込んでくれました。まじめで一生懸命、将来の4代目です。
千葉県船橋市出身。
飯山満中→津田沼高校を卒業。


